喪失体験(ここでは大切な誰かを失うこと)は、大きな苦痛を伴う出来事であり、人生最大の試練と言われています。悲しみ以外にも、怒りや罪責感など、思いもよらない感情に苦しめられたり、不眠や極度の疲労感など様々な症状が出現することがあります。しかし、このような経過は自然な心の反応なのです。
喪失体験
喪失体験とは、家族や親しい友人など、大切な人が亡くなることであり、大変つらい出来事です。職場においても、これまで一緒に働いてきた同僚の突然の事故死や自死に直面すると、残された人たちは強い心理的打撃を受けます。
日常における大切な人だけでなく、著名人の突然の訃報にダメージを受けることもあります。今年の7月8日、安倍元首相が凶弾に倒れ亡くなったという、衝撃的なニュースが報道されました。「悲しくてやりきれない」「心にぽっかり穴があいてしまった」と辛い心情を吐露する方が少なくありませんでした。あの出来事も多くの方にとっての喪失体験です。
喪失体験は、心に大きな衝撃を与えます。失って初めて、人は死別がこれほどつらく、悲しいものだと実感することが多いものです。衝撃があまりに強いと、現実感がないこともあります。もう存在しないことが頭ではわかっていても、心が追いつかないのです。このような心の変化は悲嘆反応と言われますが、病気ではなく自然な反応です。大切な存在を失ったのですから、心が傷つくのも当然です。
悲嘆反応
悲嘆反応とは、喪失体験後に見られる心の反応です。深い悲しみ・怒り・罪責感・無力感・後悔など様々な感情が押し寄せ、何をするにも億劫になったり、食欲がなくなったり、思考力や判断力が低下することもあります。このような心の変化を初めて経験すると、自分が精神的におかしくなったのではないかと思ってしまうこともありますが、以下のような時間の経過とともに、自然に落ち着いてくることが多いのです。
1 急性期(〜数週間)
人は死別の直後、茫然として亡くなった事実を受け入れられなかったり、感情が麻痺して、つらいとか悲しいという感情がわいてこないことがあります。一見、気丈で冷静に受け止めているように周囲からは見えますが、本人にとって死があまりに大きなショックなので、はっきりした反応が現れないのです。また、正常な判断ができずに、パニック状態になることもあります。
2 慢性期(数週間後〜)
少しずつ死の事実を認めるようになりますが、喪失に対する悲哀や怒り、不眠や食思不振などの身体的不調といった強い反応が表れます。また、生活する意義を失って無気力な状態になることもあります。さらに、故人に対して「もっとこうすればよかった」など、自分に対して罪悪感や自責感が生まれることもあります。あるいは、喪失の事実を拒絶する場合もありますが、やがてその事実を認めるようになると、強い喪失感や無力感で苦痛を感じます。この時期は、このような様々な感情を繰り返します。
3 再生期(数ヶ月後〜)
亡くなった人に対する感情は、やがて感謝や償いの気持ちに変化し、「懐かしさ」として感じられるようになります。故人の死を乗り越えて、新たな自分や人間関係を築いていく時期です。この時期になると積極的に他人と関われるようになります。一見、異常と思えたりもしますが、悲嘆の反応としては正常といえます。
複雑性悲嘆
複雑性悲嘆とは、悲嘆反応が長期化したり、複雑な症状を呈する状態をいいます。もともと病気ではなかったのに、正常な心の動きを異常な反応だと思い込んだり、周囲の心の動きを理解していないために、悲嘆反応をこじらせてしまうことがあります。
例えば、同じ喪失体験をしたAさんとBさんがいる時、Aさんが悲しみで落ち込んでいる時、隣のBさんは悲しみに耐える傾向があります。その後Aさんが立ち直った時、Bさんに悲しみが襲ってきます。お互いに相手を理解できず衝突し、悲嘆反応を複雑化してしまうのです。
以下のような症状のいくつかが6ヶ月以上続き、日常生活や社会生活に支障をきたしているようであれば、複雑性悲嘆の状態にあると考えられます。
- 呆然としている
- 故人が亡くなったことを信じられない
- 故人のことが頭から離れない
- 強烈な孤独感や寂しさがある
- 未来が無意味だと感じる
- 感情がなくなっている
- 自分の一部も死んでしまったと感じる
- 自分をコントロールできるという感覚がない
心掛けること
喪失体験をした自分に対して
喪失体験後は、上述のように多くの人に共通して見られる悲嘆反応があります。一方で、気持ちが辛い状態にあるにも関わらず、まったく何事もなかったのように振る舞う人もいれば、死を喜んで受け入れるように見える人もいますが、これは悲嘆の感情を抑圧しているだけで、いつかそれが増幅した形で現れることになります。
喪失体験後に見られる心の変化について、あらかじめ理解し、正常なものとして受け入れることが、複雑性悲嘆に陥らないために大事なことです。そして、複雑性悲嘆に陥ってしまった場合には、メンタルの医療機関に相談することをお勧めします。
喪失体験をした相手に対して
お互いを思いやる
個々人の悲嘆の反応の違いを理解して、互いに相手を思いやる必要があります。悲嘆反応を良くないことだと説得したり、悲しまないように励ましたりしても、悲嘆を取り除いたり解決したりすることはできません。逆に不用意な勇気づけは、病的なプロセスに陥らせることもあります。
寄り添う姿勢で悲嘆に共感する
悲嘆を共に受け止める基本は、ただ感情や行動を認めながら話を聞いてあげることです。そばにいるだけでも、不安やショックを分かち合う姿勢を見せることで、悲嘆の感情を和らげることができます。悲嘆反応にある人が十分に悲嘆しきれていない段階で、新たなことに気を向けさせることは逆効果になる場合があります。相手が故人にこだわっている場合は、無理に忘れさせたり、故人に触れないようにするよりも、故人の思い出などで慰めたほうが効果的です。
自然でない状態ならサポートする
悲嘆の感情表現をあまりしない人を「立ち直っている」と考えるのは早急です。悲嘆を十分に表現できない人のほうが、大きな悲嘆や問題を抱えている場合があります。相手が感情を押し殺していたり、変に明るく振る舞ったりしている場合は、悲嘆を表現できるような働きかけも必要な場合もあるでしょう。また、前述のような複雑性悲嘆に陥っている人がいたら、医療機関に相談するよう勧めることも重要です。
まとめ
今回は、喪失体験後の心の変化について考えてみました。悲嘆反応は自然な心の変化です。この自然な感情のプロセスを予め知っておくことで、喪失を体験した当事者は試練に対処しやすくなり、周りの人も適切な対応ができるようになります。
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